いわゆる「世襲」について
学生たちの中には、演劇(芝居)をやっていたりするのがいます。時々、テレビのちょい役などに出る人もいます。
過去には歌手のタマゴみたいな人もいました。その人は某有名アニメのエンディングタイトルを歌っていました。
また、いま流行の「声優」になりたいと言って、そのての専門学校に通ったりする人もいます。
ただ、そうしたいわゆる「ギョーカイ志望」の学生たちの多くは、夢がかなうことはありません。
「ギョーカイ」で成功する(有名になる)人はほとんどいません。残念ながら、それが厳しい現実のようです。
私の目の前で、芸能界やギョーカイで活躍したいと語る学生たちはこれまで数多くいました。
私はそうした彼ら彼女らに、いったい何と言えば良いのでしょうか? いつも悩みます。
「おおそうか、夢を実現するようがんばれ!」と手放しで応援すればいいのでしょうか?
あるいは「そんなのは絶対無理だから、そんなバカな夢は捨てて、普通のサラリーマンやOLになりなさい。」
と冷静に諭すべきなのでしょうか?
最近は、もしもその夢が強いのなら、期限を区切ってがんばるように言います。
「3年がんばってみなさい。そしてダメならスパッと諦めて普通の仕事を見つけなさい」といった感じです。
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世の中には、多くの「世襲」の職業があります。
政治家、医者、大学の先生、芸能人、芸術家、作家……
中でも学生たちが一番夢見るのは「芸能人」です。
ひとことで「芸能人」と言ってもいろいろあります。
俳優、歌手、タレント、ミュージシャン、声優などから始まって、その周辺のさまざまな人々。
学生がよく志望するのは「俳優(役者)」「ミュージシャン」「声優」です。
そしてそれをいかにも実現可能であるかのように歌い上げる、そうしたギョーカイの「専門学校」。
あなたも俳優になれる! あなたもミュージシャンになれる! 君の明日は声優だ!
しかし現実はそんなに甘いものではありません。
ほとんどが無理です。そして夢をどこかであきらめて現実的な生き方を選択せざるをえなくなります。
中には、それでも歯を食いしばってがんばる人もいるでしょう。
明日の成功を夢見て、今日を耐えながらがんばる人もいるでしょう。
例えば、昼は(あるいは深夜は)アルバイトに汗を流して疲れ果て、それでも俳優養成所に通い、過酷な競争をくぐり抜け、
そうやってひょっとしてようやく小さな劇団のちょい役でももらえれば、それで大成功なのかも知れません。
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ところが、そうして這うような努力と苦労を重ねている「一般人」を横目にして、
芸能人の子供たちは、たいした苦労もせずに、ポーンとデビューしていきます。
ただ誰か有名人の息子や娘だというだけで、最初から大きな役をもらったり、曲をもらったり、脚光を浴びる場を提供されたり。
いま「たいした苦労もせずに」と言いました。
いやいや2世3世にだって苦労はあるんだ、という反論もあるでしょう。
たとえ2世であっても才能がなければ続かないんだという意見もあるでしょう。
しかし世襲組は最初から「スタート地点」が違うのです。
もともと初めから与えられる有利な立場というものがあるのです。
私の目の前で目を輝かせながら「芸能人になりたい」とか「ミュージシャンになりたい」とか言う学生たちとは、
決定的にそれが違うのです。
芸能界にデビューしてくる若いタレント(あるいは歌手やミュージシャン)たちは、
驚くほど多くが、実は誰か芸能人の息子たちや娘たちです。
その比率はびっくりするほどです。なんだ、彼は誰それの息子なのか~、彼女は誰それの娘だったのか~! みたいな。
歌舞伎や能といった古典芸能の世界は、昔から家で世襲されていく。それはそういう世界だからいいでしょう。
医者や弁護士は、たとえ息子や娘でも、国家試験に受からないとその職につけません。
芸能界と政治家は違います。たとえ才能がなくても、親がそうならなれます。
ひょっとしたら才能は後からついてくるものなのかも知れません。
でも、スタート地点・出発点が、決定的に、一般人とは違うということは、押さえておかなくてはなりません。
一般人には、そもそもそうしたスタート地点・出発点すら、多くの場合、与えられないのです。
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いつも思うのですが、芸能人の息子や娘たちは、自分から芸能人になりたいと言い出すのでしょうか?
あるいは親が「おまえも芸能人になれ」と言うのでしょうか?
どちらか知りませんが、息子や娘たちは、世襲でデビューしていく「うまみ」はちゃんと分かっているはずです。
政治家の場合もちゃんと分かっているはずです。
ちなみに大学教員(研究者)も、実は世襲の強い世界です。
親がどこそこ大学の教授(あるいは大学の有力者)であるといった場合、息子や娘がその道で専任職につく可能性は、
そうでない人の場合よりも、やはり高いのです。
子供の頃から教育水準の高い家庭で育ってきたということもあるでしょう。
しかし、やはり親の「コネ」は、残念ながら厳然として存在します(ちなみに私自身は世襲組ではなくたたき上げ組です)。
さて、そういうわけで、今日も芸能界やギョーカイを夢見る学生たちを前にして、
一応、世襲の厳しい現実を説いて聞かせます。そして言います。
できれば、普通の就職をして、普通の結婚をして、平凡な幸せをつかみなさい、と。
でも、千に一つ、万に一つ、もしも大成功して有名になる学生が、将来出たとしたら、
きっと私は真っ先にその人のサインをもらいに行くんでしょうね。これもまた残念な自分の姿です(笑)。