フランスの地名の日本語表記について

フランスに関することを研究したり書いたりしていて、いつも悩むのが、フランスの地名の発音と日本語表記についてです。

フランス語の単語は、たいてい綴り字の発音が決まっていて、こう綴ったらこう発音する、と言う具合に大まかに分かります。

例えば「au」と綴ったら「オ」と発音する。だから「restaurant」は「レスタウラント」ではなくて「レストラン」です。
「ou」と綴ったら「ウ」と発音します。なので「Foucault」は「フォウカウルト」ではなくて「フーコー」なのです。
語尾の子音字は発音しません。
「Paris」はフランスでは「パリ」であって「パリス」とは言いません。

そういうわけで、たとえ知らない単語でも、綴り字を見るだけで発音できてしまいます。
これは英語の単語の発音とは、大きく違うところだと思います。
英語では「a」を「ア」と発音したり、「エイ」と発音したり、「エ」と発音したり、バラバラです。
フランス語は、よく発音が難しいなどと言われますが、綴り字の決まりさえ憶えてしまえば、
たとえ知らない単語でも基本的には自動的に発音して読めてしまうのです。



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さてしかし、問題なのは地名です。
とりわけいつも悩むのが、
「語尾のS」です。
いま「Paris」は「パリ」であって「パリス」ではないと言いました。
その通りです。
語尾の「S」は普通は、文法通りには、読みません。
英語では「パリス」かも知れませんが、フランス人で「パリ」を「パリス」と発音する人はまずいません。

しかし地方に行くと、とりわけかつてオック語が支配的であった南フランスに行くと、
往々にして語尾の「S」を読むことが少なくないのです。

例えば、ピレネー地方ではそれが顕著です。
歴史的にはスペイン文化圏に近いということもあるのでしょうか、
「Los Masos」なんて、ほとんどスペイン語みたいな地名ですね。
発音はもちろん「ロ・マソ」ではなくて「ロス・マソス」です。
「Le Perthus」は「ル・ペルテュス」です。
「Banyuls-sur-Mer」は「バニュルス=シュル=メール」です。
変則的なのは「Banyuls-dels-Aspres」で、「バニュルス=デルス=アスプル」と読みます。
なんと前2つの「S」は読むのに、一番最後の「S」は読まないそうです(現地の人が言ってました)。
かなり変わってる、というか、おもしろいですね。

ピレネー以外でも、例えばアルデッシュ県の「Aubenas」は、現地の住民は「オブナス」、
「Privas」は「プリヴァス」、ガール県の「Alès」は「アレス」、ヴァール県の「Aups」は「オプス」と発音します。
すべて語尾の「S」を読みます。ホテルでもレストランでも商店でも確かめました。
どこで尋ねてもみんな「Sは読むよ」という答えが返ってきます。
しかしそれらを文法通り読むと(つまりパリに住んでいる連中が発音すると)
それぞれ「オブナ」「プリヴァ」「アレ」「オプ」となるのでしょう。


前に、南仏のカドネ(Cadenet)の村を見物していた時のこと、たまたま立ち話をしたマダムが
「ジャビット・アンスイス」と言いました。というかそういう風に聞こえました。
私には一瞬「J'habite en Suisse.」というふうに聞こえたのです。
で、「へえー、このマダムはいかにもこのあたりに住んでるように見えるけど、スイスから来たんだ」と思ってしまいました。

でも実はそれは「J'habite à Ansouis.」だったのです。

「Ansouis」というのは、カドネから何キロか東に行ったところにある村の名前です。
語尾の「S」を読まなければ「アンスイ」ですが、読めば「アンスイス」です。
そのマダムによれば、そこに住む村人で「アンスイ」と発音する人は誰もいない。
住民はみな「アンスイス」と言うのよ、と教えてくれました。
日本語ガイドなどでは、すべて「アンスイ」と表記されています。
(ちなみに、その会話がご縁となって、私はそのマダムが「アンスイス」の村でやっている民宿に一泊させていただくことになりました。)




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さて、でもかと言って「Arles」を「アルルス」と読む南仏人は決していません。
同様に「Nîmes」を「ニームス」と読んだり、「Cannes」を「カンヌス」と読むフランス人は、どこにもいないでしょう。

しかし「Fréjus」が「フレジュス」なのか「フレジュ」なのか、あるいは「Cassis」が「カシス」なのか「カシ」なのか
といったあたりは、フランス人の中でも意見が分かれるところだと思います。
一度、南仏のフランス人の知り合い(学校の教師をしている)に、
なんでそんなふうに語尾の「S」を読んだり読まなかったりするのかと聞いたところ、
「それがフランス語だ」という、分かったような分からないような答えが返ってきました(笑)。


まったくもって困ったものです。


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語尾の「S」のほかにも、日本語で表記する時にとても困るものがあります。
それは
「de」の発音表記です。

「de」は、英語の「of」に相当する前置詞です。
意味は、まぁ簡単に言うと「~の」ですね。
「Notre-Dame de Paris」は「パリのノートルダム」です。

さて、この「de」を「ド」と表記するか「ドゥ」と表記するかが問題なのです。

これまでは一般的に「ド」とするのが普通でした。
「ノートルダム・ド・パリ」というふうに。

それ以外にも挙げればキリがありません。
「Eau de Toilette」は「オー・ド・トワレ」
「Collège de France」は「コレージュ・ド・フランス」
「Maxime de Paris」は「マキシム・ド・パリ」
「Café de la Paix」は「カフェ・ド・ラ・ペ」
「Charles de Gaule」は「シャルル・ド・ゴール」

でも「de」の実際の発音は、どう聞いても「ド」ではなくて「ドゥ」です
「ノートルダム・ドゥ・パリ」「オー・ドゥ・トワレ」「コレージュ・ドゥ・フランス」
「マキシム・ドゥ・パリ」「カフエ・ドゥ・ラ・ペ」
「シャルル・ドゥ・ゴール」。


でも、「ド・ゴール」なんて、完全にそれで定着してしまっていて、普通は「ド・ゴール空港」と表記します。
ドゥ・ゴール空港」などと書いてあるガイドブックやWEBサイトなどは見たことがありません。

すべてを「ドゥ」に変えると、発音的には原語に近くなるのでしょうけど、
なにかこの、もったいぶっていて、しかも煩雑になってしまう感じがしてしまいます。

でも、個人的には、やはりなるべく「ド」ではなく、「ドゥ」と表記するようにしています。


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最後に、やはりいろいろ厄介なのが、フランス語の「-」です。
例えば「Notre-Dame」とか「St-Michel」ですね。
これもかつては全部「・」で置き換えていました。「ノートル・ダム」とか「サン・ミシェル」という具合に。

そうすると、フランス語での「-」と単なるスペースの違いが、日本語では分からなくなってしまいます。
なので、最近ではフランス語の「-」は、すべて「=」で表記するようになりつつあります。
「Notre-Dame de Paris」は「ノートル=ダム・ドゥ・パリ」ですね。

「St-Michel」は「サン=ミシェル」です。

南仏の「Les Baux-de-Provence」などは「レ・ボー=ドゥ=プロヴァンス」となります。
「・」と「=」が混在して、これもまた煩雑感が強くなってしまいます。
なかなかやっかいです。


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